親父の記憶 VOL11 夕食のひと品のこと。
座ってはならない席。
親父はワシらが起きるよりもはるかに早起きをして、始発電車に乗り、会社に行っていた。
当然帰りも遅いため、平日に親父の顔を見ることは稀であった。
日本の高度成長期。このころの会社員は企業戦士である。
現代日本の礎を築いた世代だ。
であるから、田舎の家庭では、家長は絶対であった。
とにかく、偉い!のである。
そういった雰囲気が充満していたから、昭和の食卓には規律があった。
親父の座る位置は侵してはならんのだ。
仮に、親父が夕食時にそこに座っていなくても、誰も座ることはなかった。
不可侵の領域なのだ。
ここは親父が座る場所、そういう認識だな。
くうう~・・・昭和すぎる~!!
今時こんなことやってたら
時代錯誤!!とか
悪しき慣習!!とか
めちゃくちゃ非難を受けそうである。
しかし、現実がそうだったのだから、仕方がない。
羨望の刺身。
そんな休日の夕飯時。
いつものように、皆、各々が決まった席に座る。
家族全員で晩飯を食う。
これも当たり前の風景であった。
そんな晩飯の食卓には、ワシらがいつも羨望の眼差しを注ぐものがあった。
親父の刺身である。
親父のおかずは、ワシらよりも一品多い。それが刺身だ。
それも
『クジラの刺身』!!
今でこそ、クジラの刺身は高級食材であるが、あの頃は手軽に入手できる刺身であった。
ワシらにとっては、このクジラの刺身が未知のご馳走に見えたものだ。
親父はこのクジラを肴に、必ず日本酒で晩酌をする。
ひとくち刺身を食べ、日本酒をグイっとあおる。
めちゃくちゃ美味そうに見えた。
そして欲しそうな顔をしているワシらを見ると、親父はワシら子供に少しずつクジラを分けてくれた。
このクジラの美味しかったこと!!
給食で出てくる、クジラの煮物は嫌いだったくせに、親父から分けてもらうクジラの刺身は美味かった。
ザ・昭和の食卓の思い出である。